2005年01月28日

おかえりなさい

(※一部に生々しい表現があります。エグイのが苦手な人は読まないでください)

僕は小学5年生の時に交通事故にあった
歯医者の帰り、横断歩道を走って渡っていたら、気がついたら空を見て横たわっていたのだ
起き上がろうとしても何故か起き上がれず、足を見たら左足膝から20cmほど下が直角に曲がり、傷口から骨が見えていた
その頃の俺は状況が全く飲み込めず、痛みというより訳が分からない恐怖でただただ泣き叫んでいた
母が駆け寄ってきて
「どうしたの直彦っ!」と叫んだ
俺の横に座り込み、母は動転していた
それでもどうしようもなく怖かった
救急車がやってくる
運び込まれるが、受け入れ先が見つからず出発しない
ようやく行き先を見つけ病院に着く
洋服は全部鋏で切られ、腕に点滴、脈拍・血圧計、膀胱には排尿用の針が差し込まれる
突然何人かが体中を押さえ込んだと思ったら曲がっていた左足を無理矢理まっすぐに戻される
ショックで気を失いそうになった
手術を開始しようにも手術室があかず、1時間以上待機する
少し離れたところで、母が隣家のおばさんに慰められていた
麻酔用の呼吸器が繋がれ、眠るように意識を失った

めざめると病室に運びこまれたところだった
7時間に及ぶ手術だった
首を少し持ち上げてみる
その途端に全身が燃えるように痛み出し、胃の中身を全て吐き出した
指を1mmたりとも動かすことができない
声を出そうとするだけでまた嘔吐してしまう
終わりのない激痛と嘔吐を繰り返し、一睡もしないまま朝を迎える
そんな状態が3日間続いた
そんな中でも、まだ左足があったことにほっとしていた

怪我名は開放性の複雑骨折。
(骨が二箇所以上で砕け、さらに骨が外気にさらされた状態)
成人男性で入院4〜6ヶ月、全治8〜12ヶ月程度。
二次感染を起こすと切断せねばならず、たとえ治ったとしても後遺症は免れない

だが育ち盛りだったおかげで、大怪我にも関わらずなんと2ヵ月半で退院した
いろんな痛みに耐え、足を切断したり、一生歩けなくなるような恐怖と戦った
車椅子に初めて乗ったとき、移動できる喜びを知り
松葉杖で外を歩いたとき、本当の色を知った
そして6ヵ月後、自力で立った
感覚障害等、軽度の後遺症は残るが、リハビリによってそれもなくなった
健康であること、それがどういうことなのか初めて分かったんだと思う




今日、大切な友達が東京に帰ってきた
彼は俺があの時に味わった何倍もの苦痛と恐怖に耐えて帰ってきた
交通事故にあった時、俺はこれ以上苦しいことはないと思うほどしんどかった
だけど彼はそんな俺の体験とは比べ物にならないほどしんどい体験をしてきた
再び家に戻ってきた彼と電話で話したとき、いろいろな感情が込み上げてきて、涙が流れた
彼がどんな苦痛に耐え、どんな恐怖と戦ってきたのかは想像しきれないけれど
あの時の苦痛や恐怖を何度も体験するって考えただけで体が硬直して身動きができないほど怖いし、それがゆえに本当に嬉しかった
心が割れそうなほど嬉しかった

世界は著しい不公平の上に成り立っている
僕がパスタを食べているのと同じ時に、彼は病と闘い意識の境を彷徨っていた
オリンピックで日本中が熱狂しているのと同じ時に、同じ日本人が心臓移植を受け、ただ歩くそのために血反吐を吐いていた
アメリカが大統領選挙で罵り合っているのと同じ時に、若いアメリカ人がイラクで命を落としていた
病院で新しい命が祝福されているその時に、津波で自分以外の家族を失った男は泣き叫んでいた

彼はこれからもがんばり続けるはずだ
僕らが当たり前のようにしていることを、彼は必死でできるようにがんばるだろう
そして時間はかかっても間違いなくできるようになる

それに比べて俺はまだまだ生きていない
何もがんばっていない
これだけの恵まれた境遇の中でのうのうと日々時間を潰している
負けないようにがんばらなくちゃいけない
今日、そのかけがえのない勇気をもらった

お疲れさま、そしておかえりなさい
早く顔が見たいよ
またたくさん笑いたい
だからせめて今は、ゆっくり、安らかに心と体を休められますよう

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この記事へのコメント
ごめんなさい。

なんだかあやまらなきゃいけない気持ちになりました。

私たちはただ健康に生きていられるだけでどれだけ幸せなのか、
あまりに当たり前過ぎてつい忘れてしまいますよね。

わたしも彼が帰ってきて嬉しいです。
わたしの大好きな友達の大好きな恋人ですから。
早く彼を囲んでみんなで集まりたいですね。

ポールさんの日記のお陰で、今日一日がほんの少しだけ違う日になれそうです。
Posted by 四季* at 2005年01月29日 11:23
ごめんなさい。

なんだかあやまらなきゃいけない気持ちになりました。

私たちは
ただ毎日健康で生きていられることがどれだけ幸せなのか、
あまりに当たり前過ぎてつい忘れてしまいます。

私も彼が帰ってきて嬉しいです。
私の大好きな友達の大好きな恋人ですから。
早く彼を囲んでみんなで集まりたいですね。

ポールさんの日記のお陰で、今日一日が少し違う一日になりそうです。
Posted by 四季* at 2005年01月29日 11:27
すみません。やりかたがうまくわからなくて重複してしまったので一つ削除してくださいm(_ _)m
Posted by 四季* at 2005年01月29日 11:28
自分が幸せであるっていう感覚はすっごく曖昧で相対的にしか感じることができないよね。
つまり自分が幸せかどうかを実感するには、自分の今までの経験知と比較するか、他の人、それも身近な人の幸せや不幸と比べることでしかできない。
だから不幸のどん底を味わうと、日々の生活ができるだけでも幸福に思うし、身近な人の不幸があれば、今の自分が不幸でないことに感謝したくなる。
それはちょっと寂しいことのようだけど、しょうがないことでもあると思うよ。
でも、もしも四季子がこの日記を読んで何かを感じてくれたり、その身近な大好きな人の話を聞くことで何かが変わったのだとしたらそれはとてもいいチャンスだと思う。
その感覚はとても色あせやすいから大切に心に刻んであげてね。

俺もすごくすごくすごく嬉しいんだよーーーーーーー
Posted by Paul at 2005年01月29日 22:11