2007年07月26日

尊重

2度目のfull year bonus communicationが終わった
1年間を振り返り、自分の評価を定量面・定性面の両面でフィードバックを貰い、今期のボーナスと来期のベース給料が通知される
昨年はがむしゃらに突き進んでなんとか足場が固まってきたのを実感し
今年は自分のペースとポリシーを確立して、この組織における存在感を感じられるようになってきた

新しい人と働く時、大抵一度はガチンコでぶつかり合う
出したアウトプットに対して猛烈な詰めが入り、それを片っ端から打ち返していく
そうする中でお互いの実力やパーソナリティを認め合えるようになり、それからは適度な放任と自由な空気が流れるようになる
そうしてオフィスの中に、好きな人が一人、また一人と増えていく

部門長とのコミュニケーションの後、ボスのところに行き一部始終を話した
「これからの一年は、やりたいことをやりたいようにやったらいい。出来る限り求める機会は提供するし、どんどん案件をドライブしていっていい。それでにっちもさっちもいかなくなりそうだったら相談しに来い」
お互いを信頼し、尊重しあえる。年齢は20くらい離れ、社会人暦は10倍以上違うのに、こんな関係性を築けるのはとても幸せなことだ
彼の、会社の、一緒に働く人の期待に応えながら、慢心せずに毎日楽しくやっていこう
  

Posted by nao_hiko_ at 03:14Comments(0)TrackBack(0)

2007年07月10日

ブルドック関連: 珍事


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「当社の製品をご存じないので、株主になることはできません
あなたがある会社の株式を購入しようとした時、会社からこう言われるのを是とするか非とするか。
もしくは、既に保有している株式を買い増そうとした時に、
「当社をどのように経営していくのか方針を示していただけないと、買い増しはお断りします」
と言われるのを是とするか非とするか。
舞台を東京高等裁判所に移したブルドックソースと米投資ファンドのスティール・パートナーズの法廷闘争のポイントを分かりやすく表現すると、上記のようになる。例に挙げた「あなた」はスティール・パートナーズ、「当社」はブルドックソースに置き換えられる。
http://bizplus.nikkei.co.jp/colm/nbonline.cfm?i=2007070500011cs
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昨日東京高裁はスティールを「濫用的買収者」と認定しました
「彼らは泥棒猫であり、餌をやって追い払ってしまえ」と「法的」に認めた形です

なんとも世の中には不思議なことが起るものです
冷静かつ理性的、中立的な判断をすべき司法が、極めて感情的かつ主観的な判断をしてしまいました
裁判長である藤森氏の判決の根拠は、明らかに偏重かつ非論理的な内容です
彼が資本市場について、企業価値について、熟慮し理解しようとしたとは到底考えられません
根拠に一々反論するのは自分が馬鹿みたいなのでしませんが、買収防衛策の適法性を認めるのみならず、スティールを「濫用的買収者」と「法的に」認定したことは余りに浅はかです
また、本件を担当した岩倉弁護士はプロとしていい仕事をしたと思いますが、ブルドックの池田社長は別です
世間では彼女を「決断の人」と評価する風もありますが、私から見れば感情的で愚鈍で上場会社の経営者としての資質を明らかに欠く残念な人です
株主総会の答弁内容を見ても、株主に判断材料として提供されるべき情報が故意か過失かなおざりにされており、その点を質問されても質問内容が理解できないところ見ると、まさになんとかにつける薬はないと言ったところです

せっかく資本市場が整備され開放されてきていると思ったら、想定外の情けない横槍が入りました
極めて意外で、世の中いったいどうなっちゃってるの?というのが正直な気持ちです
まさに時計の針が逆戻りしています
この事例を持って、いわゆる欧米的経営に対する回答としての日本的経営と世界に判断されるなら、とても恥ずかしくて、まさに「穴があったら入りたい」という感じです
  
Posted by nao_hiko_ at 14:31Comments(0)TrackBack(0)

再生

OB訪問を受けた
忙しい中でもこの時間が大切なのは
学生と交わすその一言一言が
今立つこの場所と
今ある自分の姿が洗い出すからだ

毎日毎日せわしなく働いて
気が付くと角が取れて丸くなった想いを
記憶を頼りにもう一度削りだす
今と昔は同じ自分でないから
当時と全く同じ姿が見えてくるわけでもなく
かっこつけたり美化したり大げさにしたり広げたりしてるかもしれなくて
それでもやっぱり大切な色や形は変わらないんだなって再確認するのです

今の自分を支えるような大切なことは大抵学生の時に考え感じていた
あの時ほど毎日毎日歩いてきた足あとを振り返り
その時に刻まれた感情を頼りに自分という人間を形作ろうとし
紡いでは解け
固めては崩れ
何度も自問自答を繰り返していた
時に迷い
そして頼り
色々な人と話す中で
自分という人間はやっぱり自分でしか認識ができないことに気づき
どんなに自分という形がもやもやしたものなのかも知らずにいたことに気づかされた
少しずつ少しずつ
積んでは削り
見つめては描き
その時の
その瞬間の自分を
両手に掴もうとしていた

あの時があるから今がある
色々な言葉を重ねるなかで
ほんの少しでも感じとって欲しいのは
再生されるその経験と
確認されるその想いなんだ
  
Posted by nao_hiko_ at 00:33Comments(0)TrackBack(0)