2004年09月11日

円循環

同時テロから3年、全米で追悼式典
 【ニューヨーク=朝田武蔵】約3000人が犠牲になった米同時テロから11日で丸3年を迎えた。ニューヨークの世界貿易センタービル跡地で、遺族らが参加して追悼式典が開かれるなど、全米は「9・11」の悲しみと、テロとの戦いへの決意を新たにした。
(日経新聞)


なにがテロとの戦いだ。
いいかげんにしてほしい。
今まで一体何を見て、何を感じて、何を考えてきたんだ。
誰も何も学んじゃいない。
みんな自分のことしか考えていない。
本当に救いようがない。
どんな綺麗事ならべたって人間なんて所詮こんなもんだって思い知らされる。

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この記事へのコメント
まあまあ、犠牲者の家族たちは、戦いへの決意を新たに、
なんて特に思ってないんじゃないの。

なんか、根底にある言いたいことは自分と同じ気がする。
そうでもないかな・・?
Posted by at 2004年09月13日 08:29
うんうん。
犠牲者の家族はそうだろうね。
俺が嫌なのはその悲しみに付け込んで煽る政府やメディアなんだわ。
悲しみの渦中にいる人は自分を見失いがちになってしまうけど、本来は政府やメディアが第三者として暴走したり憎しみが産まれるのを抑えたりしなければいけないはず。
でも彼らは逆のことをしてる。
政府は原油を、メディアは視聴率を得るために彼らの悲しみを憎しみに変えている。
そして戦争を起こす。大義名分だよね。
政府やメディア、彼らはきっと全て知っているんだ。
家族の悲しみも、テロへの憎しみも、戦争がもたらす代償も、それによって得られる利権も。
テロリスト一人を殺すためには、一般市民を100人は殺さなければいけないことも。
その殺された市民の悲しみは9・11とは何も変わらない深さであることも。
それがまたテロを産むことも。
そうやって確信犯的に”テロへの戦い”といって扇動しているのがすごく嫌だ。
世界一の大国が、世界を引っ張る立場の国がとるべき行動はきっと今の姿じゃないと思う。
Posted by ナオヒコ at 2004年09月13日 19:18
惨劇は、金になる。
ロシアでいっぱい人死んだ時、
あたしは、週刊誌を食い入るように読んでしまった。
想像を絶するような殺人が行われた時、
一読者として見たいと思うのは、
悲しみにくれる被害者の家族の思いではなく、犯人の顔。
そして惨劇の後の光景。

そんでもって、見ず知らずの他人の悲しみには鈍感。

殺人もテロも許せないけれど、
やっぱり被害者の家族の悲しみの万分の一もあたしは感じることはできない。
それがあたしの現実。

対岸の火事は所詮対岸の火事。
痛くもかゆくもないんだわ。

何もかも、自分の身にふりかからないと真剣に考えられない。
それを愚かだと言い放つこともできるけど、
案外そういう人の方がこの世の中多いような気がする。

だから、他人の悲しみよりも金をとってしまう事が、
当たり前のように起こるのではないかと。

でも、そんな愚かさを指摘して、
世の中を変えようとする人もいるからこそ、
まだ、この世界もなかなか捨てたものではないな、とも。

そう思う今日この頃でした。





Posted by naoko at 2004年09月14日 01:04
自分から遠い人がどこで死のうが泣こうが、どんなにがんばってもそれをリアルに感じることは難しくて。
だから食い物にもするし、無関心にもなれる。
そもそも自分の周りでうまくバランスとるのに精一杯なのにそんな遠くのことまでかまってられるかって人もたくさんいる。
でも戦争とかってことを考えなきゃいけないときはどれだけそのことをリアルに考えられるかっていうのが大事になってくるんだよね。
想像力。イマジネーション。
特に国を治める人には特にこのことが求められるはず。
そしてそれを伝えるのはマスコミでなければいけないはず。
政府とマスコミはその点で社会に対してとてもとても責任が重い。
Posted by ナオヒコ at 2004年09月22日 12:05